交渉準備マップのススメ

 去る12月3日に行われた説得交渉学会のワークショップに参加してきました。
 ワークショップは、参加者ほぼ全員にとって初見の模擬交渉ケースについて、TAなしで準備を行い、本番に臨むというものでした。初めて模擬交渉を体験する参加者にはややハードルの高いワークショップに思えました。

 かくいう私も、TAとして参加する場合は、事前に模擬交渉の情報シートを入手して、時間をかけて(2~3回描き直して)交渉準備マップを作ってから交渉シナリオを構成しているのですが、今回はぶっつけ本番でした。
 マップオタクの意地にかけて、準備時間内に交渉準備マップを作り上げてやろうと、かなり気合が入りました。文章で書かれたケースを読みながら、マップに情報を落とし込んでいくという作業を、他の参加者の面前で行い、かつ作成したマップを使いながら作戦会議も行いました。
 模擬交渉でも、マップを使いながら、交渉相手からの情報の聞き出し、合意に向けたクリエイティブオプションの検討を自分なりに納得する形で行うことができました。めでたし。

 今回のワークショップのみならず、マップを見た色んな方から、マップ作成の方法論を教えて欲しいという要望を承っておりますので、少しずつではありますが、交渉準備マップの方法論を紹介していきたいと思います。

 第1回は交渉準備マップのススメ。交渉準備マップの効用を説きたいと思います。

 模擬交渉の場合、あてがわれた役割の情報シートはA4数ページの文章で提供されます。また、交渉案件は、必ずしもなじみのあるビジネス形態や技術であるとは限りません。そんな情報シートを短時間のうちに読み込んで、交渉のミッション、ZOPA、BATNAを設定し、さらには相手への質問やクリエイティブオプションまで考えて、身のある模擬交渉にしていくのです。
 天才的に記憶力の高い人(こういった方は、頭の中にマッピングできる能力をお持ちの方が多いようです)でない限りは、情報の見落としが発生しますし、箇条書きメモも、数十行になると、収拾がつかなくなってしまいます。そして持ち帰り宿題などにしようものなら、情報シートの内容はどんどん記憶から失われていきます。

 なじみのあるビジネス、技術で行うリアル交渉であっても、状況は似たようなものです。
 まず、必要な情報は断片情報が点在しており、その情報も提供者のバイアスがかかっていることを意識せねばなりません。長期にわたる交渉案件であれば、ある日突然、前任者から資料まるごと渡されて引き継ぎ、といこともあるでしょうし、マネージャクラスであれば、部下のアウトプットにある程度は頼らざるを得ないでしょう。それにもまして、どの情報が相手に開示してはいけない秘密情報であるかにも配慮しなければなりません。

 その結果、模擬交渉でもリアル交渉でも、なかなか交渉の全体像を把握できず、チーム内での情報共有が思うようにすすみません。
相手との交渉の時間は刻一刻と迫ってきて、ついには準備不足のまま交渉に臨むことになります。これでは交渉に集中できず、交渉の成功確率を高めることもおぼつかないでしょう。

 そこで、交渉準備マップの登場です。下記のような観点で、成功確率を高める交渉の実践が可能となります。

 交渉準備マップを作成することにより、

  • 与えられた情報を素早く理解でできるようになります。節約できた時間は、交渉のオプションを考える時間に充てることができます。
  • 何を知らないか、理解していないかを知ることができます。知らない、理解していないことは、質問することで補うことが可能となります。
  • 情報を1枚のマップ上にプロットすることで、チームや上司との情報共有がスムーズになります。もし間違った理解があった場合にも、指摘や修正をしてもらえます。
  • 全体を俯瞰できるので、交渉を大局的に捉えることが可能になり、意外なところに交渉相手とミッションを共有できるオプションがあることを発見できることもあります。

 一見、マップ作成は時間だけがかかる作業のように思えて、ついつい忌避しがちですが、作ってしまえば、その後工程で大きな効果が得られ、結果的にはコストパフォーマンスの高い作業となります。

最初は思うようにできないでしょうが、交渉準備マップはじめてみませんか。

交渉準備マップで成功確率を上げる

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「面白い恋人」事件

北海道を代表する土産菓子として知られる「白い恋人」を製造販売する石屋製菓(札幌市)は28日、吉本興業(大阪市)などが「面白い恋人」の名前で売り出した菓子が商標権を侵害しているなどとして、商標法と不正競争防止法に基づき販売の差し止めを求める訴えを札幌地裁に起こした。(出典:asahi.com)

前々から新大阪や新神戸の土産店で見かけるたびに「大丈夫かいな?」と思っていましたが、「面白い恋人」が提訴されてしまいました。この事件、商標権侵害、不正競争にフォーカスされる記事は多く出てくると思いますので、知財リスクマネジメントの観点で思うところを書きたいと思います。

まずは、両社の企業プロフィールと本事件に関するプレスリリースです。

原告:石屋製菓株式会社

創業1947年
資本金:3,100万円
事業内容:菓子製造業
売上高:94億3,300万円(連結ベース)
従業員数:379名・グループ合計563名
石屋製菓のプレスリリース

被告代表:吉本興業株式会社

創業1912年
資本金:125億450万円
事業内容:TV・ラジオ、ビデオ、CM、その他映像ソフトの企画、制作および販売。劇場運営。イベント事業。広告事業。不動産事業。ショウビジネス。その他商業施設の開発、運営。
売上高:非公開
従業員数:644名、所属タレント約800名
吉本興業のプレスリリース

 石屋製菓にしてみれば、30年に亘って築き上げたブランドにただ乗りされたのですから、全力で阻止するのは当然でしょう。商標権侵害に加えて、パッケージが似ているということで不正競争でも差止請求する、知財ミックスの権利行使となっています。
気になるのは、よしもとクリエイティブ・エージェンシーの広報担当者が「突然の提訴なので驚いている。訴状を見て、適切に対応したい」とのコメントを出している点です。両社の話し合いがないままに石屋製菓は提訴に踏み切ったようです。

知財専門家の判断ならば、提訴して差止め請求するというのは、与えられた持ち札の中ではベストに近い選択でしょう。
しかし、相手は放送局各社を株主に持つ、海千山千のエンターテイメント企業です。企業イメージは死活問題のはずですから、警告書を送付するだけでも販売取り止めにできたのではないでしょうか。そして、差止めと損害賠償以上の事業発展のクリエイティブ・オプションも引き出せる可能性も考えられたのではないかと思います。
もっとも、当初から提携を視野に入れていて、米国企業ばりに、より有利な条件を引き出すために提訴したというのでしたら、白い恋人恐るべしです。

一方の吉本興業グループですが「恐る恐る近畿圏限定販売で文句が出なかったので、商圏を日本全国に広げたら訴えられた」というのでしたら、知財戦略として下策としか言いようがありません。
なぜなら、同社は、同社が保有する膨大な知的財産そのものが事業の源泉となっており、権利侵害を排除することで事業を守っているのですから、自社の権利と同様に他者の権利も尊重する姿勢がなければ、知的財産の保護はままなりません。
例えば、所属タレントのキャラクター商品を無許可で販売する相手に差止めを要求したとしても、「アンタと同じことやっただけやで」と返されてしまいます。そうなると法的措置に出ざるを得なくなり、コストも時間もかかってしまうのです。

知的財産権を拠り所として事業を強くしようとされている方は、他者の権利も自社同様に尊重しなければならないことを努々お忘れなく!

これから、訴訟と並行して両社の話し合いが持たれると思いますが、これを機会に両社が強固なグリップで、日本を元気にする新しいビジネスを創出してくれることを願っています。

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ルールの交渉

今週は月曜日、火曜日と交渉学のTAが続きました。両日ともTAとして参加した私にとっても、学ぶべきものが多くありました。

今回の模擬交渉後のリフレクションで出てきたキーワードに、「ルールの交渉」というのがありました。
「ルールの交渉」は、主に契約の条件交渉の場面で出てくるのですが、不測の事態が発生したときや、所期の目標を達成できなかった場合のプロセスを予め決めて、契約書の文言に盛り込もうというものです。

不測の事態が発生した場合、至急の対応が必要であるのにもかかわらず、事態の収拾を焦る当事者双方で「お前が悪い」「言った」「言わない」の水掛け論になる傾向があります。これでは、ますます事態が悪化の方向に進むのは目に見えております。

そこで、責任の所在を追及するのはひとまず後にして、問題解決プロセスで決められた役割を、当事者それぞれが粛々と取り組めるようにするべく、契約当事者の誰が、どのような責任分野で事態の収拾に取り組むのかを明文化していきます。
一般的な契約書ならば「両者誠意を持って協議する」の一文で片付いているものを、1ページぐらいに具体化していくようにするわけです。また、定期的にその内容を見直すことも取り決めておきます。

こうしておけば、ひとたび事が起こったときでも、「ここは契約に従って、事実関係の収集を、、」という具合に、双方が衝突することを回避できるのだそうです。

残念ながら、私が在職している間では、このような契約書を目にしたことがありませんでしたが、そもそも契約書とは、当事者双方が袂(たもと)を分かつ事態に陥ったときにこそ拠り所となるものなので、望ましくないことが起こった場合のあれこれを、双方の関係が良好なうちに決めてしまうというのは極めて合理的といえます。
しかし、起こってもないことについて、どちらがどのような責任を背負うということまで決めていると、いつまでたっても契約書にはならないので、プロセスやルールだけは決めておこうというのは、成る程と感じました。

元請け会社と締結した契約書をひな型にして、業務委託契約や売買契約を締結している中小企業経営者の方も多いのではないかと思いますが、「不測の事態が起こったときの備え」としてルールの交渉をしてみてはいかがでしょうか?

事業規模が小さく、関係が良好な今のタイミングだからこそ、話し合うことができることもあるのではないでしょうか。

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【特報】八王子交渉学セミナー開催決定

八王子商工会議所 中小企業相談所主催の交渉学セミナー開催が決定致しました。

【日 時】 平成24年2月3日(金)午後1時30分~5時
【場 所】  八王子商工会議所 4階ホール
【講 師】  一色 正彦(いっしき まさひこ)氏
 【TA(ティーチングアシスタント)】
  株式会社グリア代表取締役 佐藤 裕一
  たかおIPワークス代表 竹本 和広
【定 員】 40名(定員に達し次第、締め切ります)
【受講料】 無 料
【申込み】 八王子商工会議所 中小企業相談所ウェブサイトの案内にしたがってお申込みください。

取引先ばかりでなく、他部署や上司、部下との交渉に不安やストレスをお持ちの方は、本セミナー受講をおすすめします。

また、交渉学には興味があったが、都心で開催されるセミナーにまで出向くのが難しかった方や、参加費が高くて手が出なかった方も是非、この機会にご参加ください!

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売り言葉は買うな!ビジネス交渉の必勝法

本日は手前味噌ながら、執筆協力した「売り言葉は買うな!ビジネス交渉の必勝法」の紹介です。

著者である一色先生、高槻先生とも、KITの交渉学の授業でお世話になったのが出会いでした。交渉については、社内外のタフネゴシエータ達に鍛えられてきた一方、自分の弱みが見えておらず、毎回不安な気持ちで交渉に臨んでいたのですが、交渉学との出会いで、失敗してもタダでは転ばない「癖」を付けることができました。
その後も、交渉学のTAとしての参加を呼び掛けていただき。退職後はさらに幅広く学習とビジネスの機会を提供いただいています。

そして、本書執筆の際には、一色先生からリッチピクチャの挿絵を依頼され、「下絵レベル」ならとお受けしたところ、なんと手描きの原図そのままが4ページにわたって掲載された次第です。
リッチピクチャの詳しいことは、本書52ページに書いてありますので、そちらをご覧ください。。。できれば購入されて。

本書全体では、交渉学の考え方に則ったビジネス交渉の基本を、実際の交渉事例と、我々も参加した交渉学の模擬交渉での事例を交えながら解説するものとなっています。私の場合は「あのケースのことだな」などと想像を巡らせながら読み進んでいきましたが、初めて読む方は「なるほど!」という気付きを多数得られるのではと思います。

交渉学のよりベーシックな方法論に興味を持たれた方は、本書でも各所で紹介している「【ビジュアル解説】交渉学入門」(2010年 一色先生共著)をご覧になることをお勧めします。
私は、「ビジュアル解説交渉学入門」の旧版である「交渉学入門」(2007年)で、交渉前に担当者同士がマップを見ながら打ち合わせする描写を読んでから、交渉前のマップ作成を始めるようになり、今はその効果を存分に実感しています。

TPP参加協議に象徴されるように、日本には交渉をリードできる人材はまだまだ不足しています。本書のみならず、交渉学の考え方が広く浸透していき、「交渉で損する日本」のラベルを返上し、「事業で勝つ日本」になる時を迎えることが私の切なる願いです。

本書と「ビジュアル解説交渉学入門」のセット購入がお勧めです。

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教育による模倣被害予防

昨日も東京大学TMIにお邪魔して、「第三者のモノマネへの対応」として、製品デザインを模倣された場合に、事業上どのようなリスクが生じ、如何なる措置を取り得るかを学習しました。

上記に対して、並の特許屋でしたら、意匠権侵害、あるいは不正競争防止法違反による差止請求や損害賠償という対応策はすぐ出てくると思いますが、経営的視点に立つと、予見性の低い訴訟を利用するのは必ずしも上策とは言えません。最も高品質(?)の模倣者を第一の子分にして、他の模倣者を取り締まらせるといった、実際にHONDAさんが中国で行った、「戦わない戦略」もあるのです。

学生さんの中からは、模倣者に製造委託して、市場拡大したときの設備投資リスクと機会損失を低減させるとか、模倣者の下請けデザイン業者に睨みをきかせ、そういった仕事は受けないようにする、といった拍手したくなるような対応策も出てきました。

ここで、ゲストスピーカである知的財産教育協会事業部長の近藤さんから、Yahoo!Japanで行っていた「ウェブ検定」のお話がありました。ウェブ検定とは、ウェブサイト利用上で知財権侵害となる事例を検定形式で学習させるコンテンツでしたが、当時、オークションで大量に出品されていた、ブランド品の模倣品を減らす狙いがあったそうです。
また、ルイ・ヴィトン・ジャパン(株)では、学校に講師派遣して、商標権を中心とする知財権教育を行い、本物と偽物との比較も体験学習させているそうです。これも、「賢い消費者」に模倣品を買わせない、予防的対策ですね。

このような、教育を模倣品予防に繋げ、事業を守るという戦略も相当な効果を上げていることを知り、事業の形態や権利の形態によって、とり得る戦略も千差万別であることを改めて認識したのでした。

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チーム間交渉の落とし穴

昨日からKITでは、交渉学2クール目となる国際交渉特論が始まりました。

国際交渉といっても、英語で外国人と交渉するとか、国家間交渉をするといったものではなく、国際会議や技術標準策定ではしばしば見られる、多数当事者間交渉のエッセンスをメインに学習するものです。身近なところでは、事業組合、マンションの管理組合の会合や債権者会合などの場で、その効果を発揮できることでしょう。

模擬交渉も、1対1の単独交渉だったのが、2対2のチーム間交渉となります。チームで統一したシナリオに基づいて、それぞれのメンバーが役割を担いながら交渉を進めます。
事前準備としてチームで作戦会議を行うのですが、ここに落とし穴があります。この作戦会議も交渉であることに気付いていないと、チーム間交渉までにシナリオがまとまらないといった事態も起こりかねません。同じ情報シートを読んでいるからといって、皆同じミッションになっているとは限らないのです。

まとまっていないチームで交渉に臨むと、どこかで必ず綻びが出てきて、喩え交渉がまとまったとしても、どこか無理のある交渉結果となってしまいますし、チームメンバーの心には大きなしこりが残ります。
尤も、それらを洗いざらい話して、次の交渉に活かしていけるのが、模擬交渉のいいところです。

実際の知的財産交渉でも、部内打ち合わせや社内調整を行った上で会社間交渉に臨まなければなりませんが、交渉に臨む知財担当と事業担当とでしっかりコミュニケーションを取った上で交渉を進めないと、「隙間」を相手に付け込まれ、交渉を有利に進めることはできないでしょうし、交渉結果が社内で否決される危険性もあります。

チーム内交渉に向けてシナリオを作る時に、一番苦労するのは、BATNA(Best Alternative to a Negotiation Agreement:合意できない場合のオプション)の設定ができないことでした。合意できないからといって、チームを解散するわけにもいかないし、期限はどんどん迫って来ます。社内交渉が会社間交渉よりも苦しいと言われる所以はここにあるのではないでしょうか。
その反面、苦しんでひねり出したシナリオでドンピシャの交渉ができたときには、たとえようのない充実感が得られることでしょう。

そんな心震えるような体験を経営者の皆様と共有できる日が来ることを夢見て、交渉力のスキルアップにいそしんでいます。

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丸島儀一の知的財産戦略 -技術で事業を強くするために

昨日、丸島先生の出版記念講演会が開催されました。

K.I.T.プロフェッショナルミーティング
第2回 知的財産公開セミナー
『丸島儀一の知的財産戦略 -技術で事業を強くするために』

講演内容は上記リンクをご覧ください。

講演会は90名を超える参加者で満員御礼。続く懇親会も30名以上の方に参加いただき、大盛り上がりでした。
講演会を企画・運営されたKIT事務室の皆様、書籍販売から懇親会まで仕切った梅垣さんをはじめとする丸島ゼミメンバー、フルメンバーで懇親会をサポートしてくれた来んしゃい虎ノ門店の皆様、そして、懇親会に参加して熱く熱く知財戦略を語っていただいた皆様に感謝です。ありがとうございました。

KITでの授業、ゼミでのコメント、その他講演会と、トータルすれば何百時間と先生のお話を聞いていますが、毎回新しい気付きを得るのは、私がまだまだ未熟なせいなのでしょう。
今回は、この一言。

「質のいい特許は、目的を達成できること」

このフレーズを聞いて、KITの入学試験のときを思い出しました。面接で業務経験の自己アピールをしていて、「いい明細書作り」にはかなり自信がある、マニュアルやチェックリスト整備もしたことなどをアピールしました。そして「いい特許の要件って何だと思っている?」と丸島先生から質問され、当然とばかりに「技術者の思いさえも汲み取ったもの、そして訴訟にも耐え抜くレベルの記載がされているものです」と解答したのでした。

面接が終わり、試験室から退室するときに丸島先生から一言「特許業務の目的は事業が勝つためなんだよ。」と言われて、その瞬間「やられた!」と思いました。そのときの私の頭の中では、テクニカルな部分と、ストラテジックな部分とがごちゃごちゃになって、結果的には出願の目的に適った明細書にできるかどうか怪しいということを悟らされたのです。

そんなわけで、上記のフレーズは、テクニカルな部分は100%クリアした上で、「相手に脅威を与える」「相手を市場から排除する」「技術標準の必須特許となる」等々の目的を達成するためのプラスアルファの部分の話だと理解しています。実に奥が深いです。

先生本人もおっしゃっているのですが「丸島知的財産戦略」に書いてあること一つ一つには、本書では書ききれないコンテキストがあり、それで解説本が書ける程です。タイトルはやっぱり「もしチザ」?これじゃチザム先生(米国の知的財産権法学者の大家)の解説本になってしまいますね。

座右の言「知財で勝つ」も書いていただきました

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弁理士は金の草鞋を履いて探せ

この表題は、消しゴムメーカーであるシード株式会社の西岡社長(当時)がおっしゃった言葉です。決して、弁理士費用にに糸目を付けるなというわけではなく、理想の弁理士に巡り合うまで大変だということです。

大阪にあるこの会社は従業員約80名のいわゆる中小企業ですが、修正テープの基本特許を取得しただけでなく、名だたる大手文具メーカーの新規参入を大幅に遅らせ、大手メーカー参入後も対等にわたり合えるだけの強力な知財ポートフォリオを形成しています(詳しくはこちらの記事を参照)。

このような知財経営の実践は、まさしく事業・研究開発・知財の三位一体で行われているのですが、最も苦労したことの一つに、自社の事業を深く理解し、自社事業戦略に合わせた知的財産戦略の活動をしてくれる弁理士さんに巡り合うことだったそうです。それを端的に表す言葉が「弁理士は金の草鞋を履いて探せ」でした。

中小企業経営者の方には、知財経営の意識があっても、なかなか手が回らないという方が多くいらっしゃいます。というか、ほとんどの方がそうでしょう。
そこで、知財の専門家である弁理士さんに助けを求めたくなるのですが、弁理士さんの中で事業を経験された方というのは少数派ですし、知財戦略を実践しろといっても、出願・権利化に特化してきた特許事務所にはかなり酷な話でしょう。はじめから知財経営を丸投げできる弁理士さんなんて身近にいると思わない方がいいでしょう。

西岡社長は「探せ」と表現されましたが、これは喩えであって、実践の中で弁理士さんに事業戦略のセンスを持つように「育てて」いかれたのが真実ではないかと思います。
出し惜しみすることなく自社の事業戦略や事業環境を伝え、事業で勝つためにはどのような権利形成が望ましいかを考えた上で、特許出願に臨み、検証していくサイクルを回していったのではないでしょうか。

弊社も上記の言葉を胸に、優秀な弁理士さんをマッチングするだけでなく、事業戦略に合わせた知財戦略の実践までフォローし、共に成長していきたいと思います。

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知財力と相対的知財力(2)

前回に引き続き、相対的知財力を、アップルとサムソンのスマートフォン特許訴訟を例に示してみたいと思います。
アップルは、特許権10件、商標権2件、トレードドレス2件が侵害されたとしてサムソンを訴えており、サムソンも特許権10件を訴えられたとして反訴しています。

Apple Inc. v. Samsung Electronics Co. Ltd. et al の訴訟記録
Samsung Electronics Co. Ltd. et al v. Apple Inc. の訴訟記録

各社の強み特許、弱み特許というのは、全て訴訟になるわけではないので、実際にはこの数倍の件数の強み特許、弱み特許が存在しているはずです。本日は、相対的知財力を理解するためのということで、両社が互いに10件の強み特許を有しており、なおかつこれらの特許で自社の弱みを解消しよう(ライセンスを得よう)としていると仮定します。

特許権に限って言えば、知財力は10件対10件で互角と言えそうです。

それでは、相対的知財力はどうでしょうか。
Millennial Media社が、自社の広告表示数を元に発表した調査結果によると、米国のスマートフォンのメーカー別シェアは、1位アップル23.09%、2位サムソン16.48%となっています。

Millennial Media Releases Q3 Mobile Mix Report

上記の市場シェアを事業規模と仮定すると、相対的知財力はアップル10に対してサムソン14.4となり、クロスライセンスをするとしたら、若干サムソンに分があるという見方ができます。
少し前ならば、アップルの市場シェアは圧倒的に大きかったので、サムソンの相対的知財力はさらに大きかったでしょう。もっと早い時期に仕掛けていれば、サムソンは有利にライセンス交渉を進めることができたのかもしれません。
ここで重要なのは、知財力も相対的知財力も、時々刻々と変化していくということです。事業化のタイミング、事業のボリュームの先読みをしっかり行いながら、権利形成、ライセンス交渉を進めることが重要です。

仮に、シェア0.56%の京セラがアップルに対して強力な特許権を保有しているとしたら、非常に有利なライセンス条件を引き出すことが可能かもしれません。

おそらく、サムソン側の知財担当は上記のように考えながら、交渉戦術として提訴したように思えます。事業規模が大きくなりすぎないうちに、クロスライセンスを結べるのが彼らの最上の目標でしょう。
他方のアップルは、「守りの特許」を使って、本気でサムソンのギャラクシーを市場から排除しようとしているように見えます。こうなると、相対的知財力の考え方ではなく、最後の1件まで侵害性と有効性とが争われる可能性があります。
今後の行方に注目したいと思います。

ともかく、こうやってガチで争えるのは、双方がきちんと権利形成していたからに他なりません。
まずは「ゼロから1へ」です。

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